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@木曜日 学食
朝。高校生活三日目の朝。
歯を磨き、着替えを済ませ、何も食べずに外へ出た。玄関を出るとちょうどミユが家の前を通りかかっていた。
「おはようヒカゲ。今日もさえない顔してるわね。嫌な夢でも見たのかしら?」
「ほっとけ。どうでもいいだろ」
中学校に上がったころからか、ミユと登校のタイミングがよくかぶるようになった。別に嫌じゃない。女の子と登校できるなんてどんだけ頑張ってもそうそう体験できることじゃないと思う。しかも幼馴染だなんてエロゲ的展開だ。たとえその女の子に好きな相手がいるとしてもはたから見れば分からない。人の視線が重要なのだ。ちなみにギャルゲじゃないのは先がないから。
「ほら、さっさと行くわよ」
手の甲で俺の顔をはたいてずんずん歩き出した。走って追いかけ、隣に並んだ。
「お前、今日はコウジと飯食うんだろ」
「……うーん……。いや、……うん。今日は頑張ってみるわ。頼んだわよヒカゲ!」
よっしゃ! 展開あり! このまま三万円弱ゲットだ!
そこから作戦会議をしながら通学路を歩く。これで成果が出てくれればいいのだけれども。
噂をすれば影とはよく言ったものだ。ミユがいろいろと決心した直後に、コウジが角からひょっこり顔を見せた。
「んあ?!」
女の子らしくない声をあげ困ったような怒ったような照れてるようなどれだか分からない顔を作っている。あえていうなればそれらを全部ひっくるめた表情だ。
「おお、綿部。なかなかお目にかかれない顔をしているな」
「え? あ、これは、ヒカゲ! あんたのせいよ!」
「なんで?!」
思いっきりびんたされた。
「どうした。喧嘩か?」
「あ、驚かせてごめんねコウジ君。こいつがいきなり変なこと言いだすから驚いちゃって。気にしないで」
「ヒカゲ変なこと言ったのか。どんなこと言ったのかぜひ聞きたいな」
こいつは全く。無茶ぶりという言葉を知らないのか? ちなみに今俺が言った『こいつ』が指す人物はコウジとミユの二人だ。こいつら、だ。
「あ、忘れ物した。先に二人で学校行っててくれ」
「はい?!」
「そうなのか。もう時間もそうないから急いだ方がいいぞ。じゃあ、変なことは教室で聞くからな」
「……はいはい」
諦めてくれよ。
俺は学校まであと半分というところで道を引き返した。しばらく歩いて、俺はコンビニへ。
気を遣って引き返したが、忘れ物をしたのも確かだ。忘れ物と言っても買い忘れ。いつも前日の夜には買っている次の日の朝飯を昨晩はうっかり買い忘れてしまっていた。一人で登校していれば最初からここで買っていたのだが、今日はミユがいたので遠慮した。時間がなかったわけじゃあないがパンを買う理由を聞かれることに今の精神は耐えられそうもなかったから。
「カレーパン食おう」
メロンパンを手に取りレジへ向かった。
時間ぎりぎりに下駄箱へ。遅刻の心配はないが優雅にお茶をするほどの時間は残っていない。とっとと教室へ向かうか。
「ん?」
人がほとんどいない下駄箱。静かなものだ。しかし、耳を澄ましてみると何か叫び声のようなものが聞こえる。
「……ああああああああ……」
校門の方だ。
「うわああああああ」
「何事?!」
声がはっきりと聞こえるまでになった。しかしまだ姿は見えない。未知の恐怖を感じながら校門に視線を向けていると、声の主、見たことのある女子が校内に駆け込んできた。
「のわあああああ! 遅刻するー!」
どの角度から見ても藤村だった。かなり慌てているようでボタン掛け違えているわ髪は寝癖放題だわ口に食パンくわえているわで昔の遅刻少女そのものだった。天然記念物ものだ。気になるんだけどあいつは家からここまで食パンをくわえて走ってきたのか?
「遅刻る! まずい! いや食パンはうまいけどさ!」
何言ってるんだ。
「皆勤賞がぁぁ!」
そこまで急がなくても遅刻はしないと思うんだけど。
ものすごい勢いで昇降口に飛び込んできた。気のせいか一陣の風が吹いた。
「あ、おはようヒカゲっち! 急がないと遅刻するぜぃ!」
かじったパンでかっこよく俺を指してきた。何でも様になるなこいつは。
「忙しそうだな」
「忙しいも忙しい! 皆勤賞を阻む憎いあん畜生が私の邪魔をしてくれるわけですよ。かぁ〜! 悲しきかなこの世界には敵が多すぎるねっ! 恐ろしや恐ろしや……!」
「皆勤賞を阻む憎いあん畜生ってなんだよ」
「これこれ!」
そう言って腕時計掲げた。
「この六分進んでいる時計のせいであと二分後にホームルームが始まるという勘違いをしちゃってるんだよ私はさ! あぁ?! ここで話している間にこの時計の針は八時半にあと一目盛りとなってしまった!」
何を言っているのだろうか。
「それ勘違いなんだろ」
「そうなんだよ! 勘違いなんだよ!」
「ならまだ時間あるだろ。お前落ち着け。落ち着いてそのままおしとやかに生きろ」
「ええ?!」
俺は携帯を開き正しい時間を教えてやる。藤村は自分の腕時計と俺の携帯を見比べて最後に食パンにかじりついた。
「ま、これくらい、わわわ分かってたけど?」
「動揺しとるがな」
そして遅刻することなく普通に教室入りを果たした俺たち。そしてそれとほぼ同時に予鈴が鳴った。ホームルームまであと五分。余裕の登校だ。入学したての生徒たちはしゃべることなく着席し、担任の到着を待つ。俺と藤村もその真面目を持続している生徒の一部となり、自分の席に向かった。俺が先に席へ着き、空席を一つはさんで藤村も着席。今日もヒラタウミは休みだった。
何とか最初の難関一時間目の数学を乗り切った。次の難関は二時間目の英語だ。……難関が多いよ。
おっと、難関に挑む前にミユに朝の話を聞いてみよう。
「ミユ」
ミユはシャーペンを持って英語のノートの上にぐりぐりと丸を書いていた。何してんだこいつ。
「何よ。あんた朝はよくもやってくれたわね」
感謝こそすれ、よもや恨まれていようとは思いもよらなかった。これでも結構いいことした気分になっていたのに。おかしいな。
「いろいろ話せてよかっただろ」
「まあね」
うつむき何も話せないでいるミユが目に浮かぶ。
「昼飯には誘ったのか」
「さ、誘えるわけないでしょう! あんたの仕事だと思ってとっておいてあげたのよ!」
誘えなかったのか誘わなかったのかはっきりしろ。
「んじゃ、今から誘ってくるけど邪魔するなよ」
「なんで私が邪魔しなきゃいけないのよ」
「何となく邪魔しそうな気がしたから」
「しないわよ。さ、よろしく頼むわよ」
「はいよ」
俺は教室を見渡しマサカズと話しているコウジを発見。まっすぐ二人のもとへ。
「よう」
「おお、ヒカゲ。朝の『変なこと』を言いに来てくれたのか」
覚えてやがった。
変なことはまた今度言うということと、昼飯をぜひ一緒に食おうということを二十文字以内で伝えた。
「ああ、わかった。ヒカゲは学食で食べてるんだよな」
「そう」
「なら俺たちも学食にするか。いいか? マサカズ」
「もちろんよ。学食行こうじゃないの」
これで俺の任務は完了した。しかしまだ完全じゃない。マサカズにも一応話をしておこう。そう知ればより動きやすくなるだろう。
ここまで暗躍してやってるんだ。何とかしてくれよミユ様。
そして決戦の時。藤村とミユを先に行かせ、男三人で学食へ向かう。
「混んでるわねぇ。そんなにうまいのかしらん?」
「ほんとに多いな。ここの学食、ヒカゲ的にはおいしいのか?」
「まあまあだ」
どうでもいいことを尋ねてくるコウジに適当な返事をしながら女子二人の姿を探す。
あ、見つけ……、……見つけたくなかった。
「ぐるるるる……」
ミユと、……えーっと、なんだ。もう一人近くにいるのは藤村なんだけどさ、その、ポーズというか、あのー、まあ、とにかく知り合いとは思われたくないポーズで机に上半身を乗っけているわけだ。
そこへ、お盆を持った男子が一人近づいて行った。空いている席へ座ろうと、お盆を置いたところで机に上半身を乗せた藤村が吠えた。文字通り、吠えた。
「わんわん! ぐるるるる! ここは予約済みですぜ! よそ行きなあんちゃん!」
男子生徒は無言でその場を立ち去った。その後も同じようなことを繰り返す藤村。どうやら俺たちのために席を取っておいてくれているようだが、出来れば近づきたくない。知り合いだと思われたら高校生活終わる。
藤村の正面に座っているミユも同じ思いのようで、窓の外に目を向けて無駄な他人のふりをしている。
「ヒカゲ、なにしてる。早く昼を食べよう」
「……はいよ」
仕方ない。覚悟を決めて近寄ってみよう。
マサカズはかつ丼。コウジは日替わりA定食。俺は白米を持って珍獣の生息地へ向かった。
「ぐるるる……、おっと!」
俺たちに気づくや否や人間モードに戻った藤村。慌てて姿勢を正した。
「おーい! ヒカゲっち! ぐぅぜんだねぇ!」
全力で手を振り存在をアピールしている。頼むからこれ以上目立たないでくれ。
そばに寄りたくないが仕方がない。ほかに空いている席もなさそうだし何よりここで逃げてはコウジを飯に誘った意味がなくなってしまう。覚悟を決めろ、俺。
「あー。あそこ、空いている、みたいだよー。行こうか。コウジ」
「そうだな。ところでなんで棒読みなんだ?」
三人で藤村のもとへ。
「ご一緒させてもらってもいいですか? できればダメだと言ってください」
「もちろんいいよ。ささ、席はもう決めてありまする。コウジ君はそっち。ヒカゲ君はここ、マサカズ氏はヒカゲ君の隣にお座りなせぇ」
コウジの体を押して顔を真っ赤にしているミユの隣に座らせる。そんな様子を見てマサカズが俺に耳打ち。
「ヒカゲよう、なんでこの藤村は二人のこと知っているのかしらん」
「俺が口を滑らせた、ってことになってる」
「ははは。ばらしたのねぇ」
俺たちも藤村の決めた席に腰を下ろした。
「おお?! 偶然にもクラスメイトがこんなにもそろうなんて今日はとんでもなくいいことが起こりそうだなぁ! 日差しがまぶしいぜぃ!」
窓の外に視線をやり目を細める藤村。様になっている。
「確か、藤村だったっけな。俺は木下康治だ。同じクラスだしよろしく頼むぞ」
「おお、イケメン君はなかなかの記憶力をお持ちだねぇ。その通り。千帆高の鎌鼬こと藤村黄色たぁ私のことだ。今後は背中に気を付けるんだな」
「刺さないでくれよ」
何はともあれ昼飯いっしょ大作戦第一段階は成功した。
藤村、マサカズに目配せをして第二段階へ移行する合図を出した。それに気づき小さくうなずいた藤村。
藤村が立ち上がった。
「さて、宴もたけなわここいらでじゃんけん大会と開こうではありませんか」
いや、確かに合図出したけど、俺の予定では食事中の会話の流れで自然にぶち込んでほしかったわけでさ、何も今やれっていう合図だったんじゃないんだ。けど仕方ない。
「じゃんけん大会? 何だそれは」
「王様ゲームのじゃんけんバージョンさ! 違うところと言えば命令は最初に決めるってところとみんなで決めるっていうこと。ちなみにじゃんけんは『多い勝ちじゃんけん』ね」
「おもしろそうですねー」
「やってみるかー」
俺とマサカズが自然にやる気をアピールする。が、コウジはあまり乗り気にはなってくれなかった。
「食事は静かにとるものだ。遊んだらダメだ」
「なら数の暴力多数決で決めます。やってみたい人ー」
挙がるのは俺と藤村とマサカズの三本。向こうサイドの二本は挙がらなかった。しかし三対二。勝ちだ。それにしてもミユの野郎、マサカズがいたからよかったものの、コウジの反対意見を聞いて向こう側に回りやがった。根性なしめ……。まあいい、結果は同じだ。
「はーい、開催けってーい。じゃあ、命令を決めましょう。どうする?」
「あまりやりたくはないが」
「そ、そうだよね」
弱者がいくら騒いだところで民主主義の名のもとにねじ伏せてくれるわ。
俺は予定通りのセリフを口にした。
「じゃあ、ちょうどごはんがあるし、負けた二人が、完食するまで、お互いに、あーん、しあう、って、いうのは、どうです、かね?」
「いいねいいね」
「そうだそうだ」
藤村、マサカズも予定通りに話を進める。
「むぅ、仕方ないな。雰囲気を壊すわけにもいかないし素直に楽しむことにしよう」
結構すんなりと受け入れてくれた。
これが作戦だ。民主主義という名の社会主義でこいつらをいちゃいちゃさせ二人を急接近させようという作戦なのだ! 社会主義のことよく知らないけど!
「よーし、行くよー。ぐーちょきぱーを出して、多い方が勝ちだからねー。はい、じゃーんけーん」
藤村の掛け声とともに全員が手を差し出した。もちろんここでも数の暴力万歳だ。マサカズがいなかった場合は俺と藤村が同じ手を出し続ければ二人の負けは確実。マサカズがいる場合は言わずもがな。俺たち三人はぐーちょきぱーを順番に出して行けばいいのだ。
「ぽん」
「おお、一発で負けてしまったな」
コウジが負けるのは当たり前。なのだが。
「な!」
「え!」
「ば!」
この回での勝者は四人。コウジ以外全員同じグーを出していた。ミユめ、直前で逃げやがったな。ミユを睨むが視線を合わせようとしない。
いや、疑ってはダメだ。ちょっとためらっただけか、出す手を間違えたんだ。もう一回やれば負けるさ。
「じゃーんけーんぽん」
次にみんなが出したのはチョキ。あいこだった。
「じゃーんけーんぽん!」
次はパー。
この野郎……! やっぱり負けない気か!
「なかなか勝負がつかないな。すごい確率だぞこれは」
こっちの気も知らないでのんきなことを。
そんなときにミユがぽつりと。
「……あ、私グーを出すわ」
お、おおおおおお。ここにきてとうとう覚悟を決めたかミユ! これで俺たち三人が同じやつを出せば――
「はっ」
待て待て。おかしいぞ。あいつがグーを出すことは分かった。しかし俺たちはいったい何を出せばいいのだ。ぐーちょきぱーの流れからすると俺たちが出すのはぐーであるべきなのだが、ミユの宣言によってグーは出せない。あいつを負けさせるにはそれ以外を出さなければいけない。残された選択肢はチョキとパー。しかしコウジの目の前で意思を統一させることは難しい。だからと言ってこのままグーを出してしまえば同じことの繰り返し。何とかこれで勝負をつけなくてはならない。俺たちはいったい何を出せばいいんだ……。
……。
いや? まさか……。
…………分かった。分かったぞ。ミユが出す手を宣言した理由が! そうだ。これは気づけた者だけが勝者となれるとんでもない魔法の言葉だったのだ。
今の対戦相手は四人。いや、三対一の構図だ。俺たち対ミユ。そんな中でミユのグーを出す宣言。これによって俺たちは次に出すべき手を悩んでいた。しかし違うんだ。何もかも考えを改めなければならなかったのだ。
ここで切り替えなければいけないことは『ミユを負けさせる』ということではなく、『自分がまけない』というように全く目的を変えなければならなかったのだ。
ミユはさらさら負ける気なんてない。だから今俺たちは困っているのだ。もう当初立てていた作戦は白紙。『自分がまけない』という新たな作戦を考えなければならなかったのだ。そしてこれがミユの『自分がまけない』ためにたてた作戦だったのだ。
勝つにはどうすればいいか。俺たちはミユを負けさせなければいけないという固定概念を持っていた。それを捨てろ。捨てたら見えてくる答えがある。
それは――
グーを出すということだ。グーを出すことが必勝。固定概念を捨てられなかった奴が負ける! 俺はそれに気づけた! ありがとうミユ。俺は負けないよ。
俺はミユの心理を理解したという意味を込め、うつむいていたかっこいい顔をあげミユを見つめた。
「ヒカゲはパーを出せヒカゲはパーを出せヒカゲはパーを出せヒカゲはパーを出せヒカゲはパーを出せ」
「なんで?!」
ものすごい形相で俺を睨み付けていた。怖い。
「私はグーを出すわ。あんたはパーを出しなさい」
命令?! なんで! こいつ、俺を負けさせるつもりか?! このや――いや、ちょっと待てよ。……。なんてことだ。固定概念を捨てなくても簡単に勝つ方法があるではないか。
「はーい! 俺パーだしまーす!」
そう、ミユと同じように堂々とパーを出す宣言をすればいいのだ! そうすればマサカズと藤村は俺と同じ手を出すはず!
この勝負勝った。俺は勝利を確信しかっこいい顔をマサカズに向けた。
「ええ?!」
なぜか俺に向かって全力で土下座をしていた。こ、こいつはパーを出さない気なのか?!
慌てて藤村にかっこいい顔を見せた。藤村なら――
藤村はミユとがっちり握手をしていた。
こいつら……! 最初の目的はどうした!
「ふっふっふ……。信頼の差が出てしまったわね」
俺たち三人の絆はこうも脆かったのか……。ミユに協力するために集まった俺たちなのに、なんで俺がはめられなければならないのだ……。
まあ、まだ負けたわけでは――
「あんたはグー以外を出しなさいよ」
目が怖い。
「なんで! 俺にも選択肢をくれよ!」
「あるじゃない。パーかチョキ」
「勝ちか負けかあいこかの選択肢をくれよ!」
「うるさい。民主主義の世界はいかにして多数に回るかが問題なのよ。そしてその一番方法が信頼、それかお金。あんたはどっちも持ってないからここで負けるのよ」
こ、この野郎……!
「じゃあ、行くわよ」
「じゃーんけーん」
ずっと俺を睨み続けるミユ。俺は……覚悟を決めた。
グーを出すぜ!
「ぽん!」
藤村、グー。
マサカズ、グー。
ミユ、グー。
俺、ミユのグーに押しつぶされているグーだったはずのパー。
「い、痛い! 痛いです!」
おかしいな。俺の石はなんでこんなにぺちゃんこなんだろう。そのことが気になって眠れやしないや。手ぇ痛いし。
「あ、ヒカゲの負けー」
からからと笑うミユと申し訳なさそうな俺の横の二人。明るい笑顔のどす黒悪魔。
「て、てめぇ……! こんなの無効だ! 再試合を要求する!」
相手を攻撃するじゃんけんなんてきいたことねぇ!
「ヒカゲ、諦めるんだ」
「なんでお前はそんなに潔いんだよ!」
「ゲームだからな」
そんな単純な問題ではない気がする。っていうか気のせいじゃない。
「あきらめるんだ。ほら、口を開けてくれ」
コウジが箸で白米をつまみ俺の口に近づけてくる。
「い、いやだ」
「諦めよう、ヒカゲっち」
「ごめん」
両腕をがっちり固められ逃げられなくなった。藤村が俺の頬を挟み込むようにして無理やり口をこじ開けてくる。
「うがー!」
「ささ、コウジ君。さっさと済ませちゃいましょう」
「そうだな」
そのまま箸を近づけてくるコウジ。俺はなすすべなくコウジと甘いひと時を過ごすことになったのだった。
「そんなに怒らないでよ。機嫌なおしなさいよヒカゲ」
日傘同好会の部活で俺は憮然とした態度で椅子に座っていた。
「ヒカゲー。器ちっさいわよー」
「うるせぇ裏切り者! 俺はもう何も協力しないからな! なんでお前あの時逃げたんだよ! レストランでディナーまで計画を立ててたのに序盤で台無しだよ!」
「い、いいじゃない! 恥ずかしくなったのよ!」
「藤村も! お前が裏切らなけりゃ作戦は成功してたのに!」
「いやぁ、マサカズ君がミユっちの暴威に恐れをなして敵にまわっちゃったからさぁ、ここはまあ、ヒカゲ君に犠牲になってもらおうかなと」
こいつらもういやだ。
「何の話?」
一人話に入れない部長が寂しそうに聞いてきた。
「ミユが意気地なしってことを話していたんだ」
「どういうこと?」
「こいつが――」
とうっかりちゃっかり口を滑らせようとしたところ、
「あんたは簡単にばらしすぎなのよ!」
綺麗な回し蹴りを喰らった。俺は紙のように吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。これ背骨大丈夫かな。
「何のこと? 何のこと! 私にも教えて!」
興味津々な様子でミユに迫っている。
「なーんにもないのよ。ナナエは気にしなくてもいいの」
「ぶー! 私だってみんなの友達なんだから隠し事したらダメだよ! ねえ、何があったの!?」
次に藤村に迫っていく部長。
「何があったの!」
「ナナエちゃんにはまだ早い話だぜ。もうちょっと大きくなったら教えてあげようじゃないか。そうだね、具体的にあと二センチ三ミリ身長が伸びたら教えてあげよう」
二センチ三ミリでいいのならすぐに聞けそうだな。でも、今日中には無理か?
「おい幼女」
「幼女言うな」
「ミユは一年四組に在籍している木下コウジのことが好きなのだ」
「な!」
はっはっは。俺に距離を与えたのが間違いだったなミユよ。二メートルあれば俺はすべてをばらすことができるのだ。残念だったな。
「ヒカゲぇ! てんめぇこのやろー!」
二メートルあればミユは俺の顔面に美しい膝蹴りをくらわすことができるようだ。つまり顔が痛い。
「ミユには好きな人がいるの?!」
倒れ込む俺に何の反応も見せずに輝いた瞳でミユを見る幼女。。
「ああ、こんな奴の言うこと素直に聞いてたら馬鹿を見るわよ。ヒカゲの話は話半分で聞いた方がいいわよ。でも残りの半分も嘘だから注意ね」
「でもこれは信じる! どうなのキイロ!」
「うーん。よし、諦めようミユちゃん!」
「そんな軽くばらさないわよ!」
「ということはほんとってことなんだ! うわー、すごい。これはもう応援するしかなさそうだね!」
ひっひっひ。俺に恥辱を与えた罰だ。幼女に余計な事されて痛い目を見ろ!
「どんどん仲間が増えていくねぇ。これはもう成就したも当然ですな。いや、成就したんだ!」
してねぇ。
「ナナエ、余計なことはしなくてもいいから」
「余計なことはしないよ。でも手伝いはするよ」
はぁ、それが余計なことだって言いたいのに、と心の中で思っているであろうミユ。ざまあみやがれ(笑)。
「よし決めた!」
おもむろに幼女が立ち上がった。休日の予定でも決めたのだろうか。
「日傘同好会のもっぱらの活動方針はミユの恋路の応援ということにします!」
「え?!」
「あーっはっは! いーっひっひ! うーっふっふ!」
俺は床に転がりながら腹を抱える。
笑いが止まらない展開になってきた。
「おーそれはいいね、それはいい。素晴らしいですよ部長様」
やんばい。これが終わるまで部活続けよ。こんな面白い部活他にはないぞ。
「よーし、じゃあ作戦会議を開きます! みんな席について!」
「はーい」
即座に立ち上がり何となく決まっている自分の席へ座る。
「なんであんたはそんなに素直なのよ」
楽しいからです!
「ささ、席に着こうミユちゃん」
藤村もノリノリだ。さあ、面白くなってまいりました。くふ。
やはりなんとなく、四人が昨日と同じ席に座る。
「では、今日の部活を始めます!」
声高らかに部長が部活開始を宣言。楽しい部活の始まりだ。
「部長、まずは現状を把握することから始めましょう」
俺はミユに関する資料を手に立ち上がった。
「だからなんであんたはそんなにやる気なのよ……」
楽しいからだってば!
「じゃあ説明お願い」
「はい! 今そこに座っている綿部ミユは同じクラスの木下コウジに淡い恋心を寄せているわけなのです。しかしこのミユという女、こう見えてウブな奴でして一年前から恋心を抱いているのですが進展は一切なくこちら側がもやもやする日々を過ごしているのです。そしてミユが思いを寄せているコウジ。こいつもこいつでなんで気づいてあげないんだよとぶっ飛ばしてやりたくなるくらい鈍い野郎でして、強敵が強敵に恋心を寄せているというよく分からない展開なのであります。そういうわけで二人だけに任せていては何にもならん! ということなので我々一年四組が立ち上がり全力でサポートしているわけなのでありますがこいつの意気地のなさで自らサポート役の僕たちを邪魔してくるのであります。以上、報告終わります」
「ありがとう軍曹。……そうだね……」
考えてますよポーズ再来。かわいいな。
「ミユ隊員は恥ずかしがり屋で、私たちがサポートしても素直に受け入れない……。うむむ、なかなか難しい作戦だね」
「じゃあもう考えるのやめましょうよ。ほら、もっと楽しいことしましょう。花札とか、補完計画とか」
「大佐、どうしましょうか! 鍵をかけた部屋に二人を閉じ込めますか?!」
「それは物理的に無理だ藤村軍曹。このミユという女、六センチのコンクリートを素手で破壊したという伝説があるのだ。捕まえることすらできない」
「なるほど……。ではまず眠らせて」
「いや、それも無理だ。このミユという女、馬用の鎮静剤で逆に興奮したという伝説があるのだ。睡眠薬など腹の足しになって終わりなんどわぁぁぁぁ!」
怒られた、殴られた。
「あんたはいったい何の話をしているのよ!」
ご覧のとおり凶暴なのです。
「うむ、どうすればいいのかな。作戦成功には本人の協力が不可欠なのに参加を拒否してくるんだからどうしようもないよね」
「それが少し違うのであります。このミユという女、一応は協力態勢を見せるのですが、直前でキャンセルをしてくる困った野郎なのであります隊長。参加拒否より厄介ですよ。昔っからそうなんですよ。意気地がないんです意気地が。意気地は飾りじゃないっての」
「ほほーぅ。よくご存知ですなヒカゲ軍曹。幼馴染は伊達じゃないってことですな。YOUもう付き合っちゃいなよ」
「なんでそこで俺が出てくる。今はコウジとのことを考えているのだぞ」
「私はヒカゲ君とミユちゃんお似合いだと思うな」
「もー! 早く作戦立てようよ!」
「帰りたい……」
結局話がまとまることは無かった――
――かに思われていたのだが。
部活が終わり、俺がいつも通りおじさんの職場で雑用していた時、携帯電話が知らない番号からの着信を知らせてきた。
「誰だろ……。おじさん、電話でてもいい?」
「んー、別にいいけどあまり大声で話すなよ」
「うーっす」
お言葉に甘え知らない番号に出てみた。
「もしもし」
『あ、誰だっけ?』
「お前が誰だよ!」
電話かけてきたのこいつの方なのに舐めてやがる。
「静かに」とおじさん。
はい。
「お前誰」
声は明らかに女だった。それも聞いたこのある声。
『私私。部長』
「ああ、幼女か」
『幼女言うな。えーっと、ヒカゲ君の携帯ですか?』
「今さらだなおい。そうだよ、なんでこの番号知ってるんだよ。ミユにでも聞いたのか」
『そうそう。あのさ、作戦のことなんだけどとってもすごい作戦考えたから聞いてよ』
「明日でいいじゃん。なんでわざわざ電話で話さなくちゃいけないんだよ」
『学校だとミユがいるでしょ。ミユに聞かれたら台無しだから嫌々電話かけてあげたのに。電話越しでも耳が妊娠しちゃう』
「何言ってんだお前。嫌なら電話してくんな」
『突然だけど、ミユは占い信じる人?』
本当に突然だった。
「占い? いやぁ、あいつ全然信じてないぞ。よく占い見て『すべての人間が十二通りの運命をたどるとは思えない』とか『世界中の人間が四通りに分けられるわけないでしょ』とかつぶやいてるもん」
『あっそう。なら信じさせて』
こいつは何を言っているのだろうか。写真家に心霊写真を信じさせろと言っているようなもんだろう。無理だ。
「お前がやれ」
『もちろん部員全員協力するよ。もうキイロには伝えてあるよ』
なかなか仕事が早いな。
「伝えてある、ってことは、なんか信じさせる作戦があるのか」
『うん。ただ占いの結果を実現していけばいいだけのことでしょ』
「占いって、占いなんて腐るほどあるじゃねえか。どの占いを実現させるんだよ」
『三人いれば一人くらいミユが見た占いに当たるでしょ。だからヒカゲは『目覚まし時計テレビ』の占いをチェックしておいてね。ミユの星座、知っていると思うけどふたご座だから。じゃあよろしく』
切られた。
俺テレビ見ないんだけどな。まあいっか。俺が見てなくても直接ミユに占いの結果を聞けば万事オッケーだ。
「彼女か?」
「幼女だ」
今日のおじさんも暇そうだった。
夜十時前。バイトが終わり、俺は今日も保志野が務めているファミレスへ行こうと夜道を歩いた。不思議なことに一度しか話したことのないクラスメイトでも、ファミレスへ行くのが楽しみだと感じている俺がいた。保志野が可愛いからかもしれない。
昨日もいた怪しい男を無視して店内へ。
「いらっしゃいませー。あ、葉野君。いらっしゃいませ」
「いらっしゃいました。お前もしかして毎日バイトしてるのか?」
「毎日じゃないけど、割と多くシフトを入れてもらえるようにはしてるよ」
「ふーん。明日は?」
「明日もバイト。もしかして明日も来てくれるの?」
「気が向けばな」
「ぜひ気が向いてくれることを願っていますよー。ではこちらへどうぞ」
禁煙席へ案内された。
「注文がお決まりでしたらおよびください」
ぺこりと頭を下げて仕事へ戻っていった。今日は何を食べようか。昨日はオムライスをたべたから、今日はハンバーグにしようかな。
うん、決めた。
俺はテーブルの上に置かれたボタンを押した。
注文を聞きに来た店員は保志野ではなかった。
「オムライスとコーヒー」
「コーヒーはホットとアイスがございますが」
「アイス」
「ご注文を繰り返させていただきます」
二つくらい聞き返さなくてもいいのに。
「少々お待ちください」
少々待ってオムライスを食って保志野に目であいさつをしてファミレスを後にした。