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@月曜日  便利屋


  週明けの朝。 「おはようヒカゲ」 いつものように身支度を素早く済ませ玄関を出ると、ミユが壁に寄りかかって立っていた。どうやら待っていたようで、顔には退屈の色が浮かんでいた。 「なんか用か」 大体わかる。金曜日のお礼か何かだろう。 「とりあえず殴るわ」 「ちょ、なんで?! 感謝の気持ちを拳で表すのは違う国の文化だぞ?! どこの国か知らないけど!」 「とりあえずからかわれていたことに対して腹が立っているので殴ります」 一瞬で間合いを詰め鳩尾に一発、そして腹を押さえ前かがみになったところに鋭い膝蹴りをお見舞いしてくれた。俺は無残に背中から倒れてしまった。 「……いたい」 泣きたくなるよ。 「でもあんたたちのおかげで連絡先をゲットできたわ。ありがとう」 「感謝してるなら殴るんじゃねえ!」 「それとこれとは別よ」と言いながら俺を置いて先に行くミユ。あの野郎許すまじ。 「まてぃ!」 俺は追いかけた。馬のように駆けた。呼気を弾ませ、空気を切り裂き、大気を揺らし、元気よく走った。ゴメン嘘。 ミユの隣に並びゆっくりと学校へ向かう。 「コウジと何か連絡取ったか?」 「できるわけないじゃない。恥ずかしいわよ」 全くこれだから最近のミユは。情けない。 「俺が代わりにうってやろうか。『愛しています』とか『好きです』とか」 「命を懸けてメールをうとうとするなんて漢気あふれるわね」 まて、俺は別に命をかけようなんて思っちゃいない。そもそもなんで美しい僕の命が失われるの? 「それで、金曜日に起きた一連の事件の首謀者は誰なの。まあ、聞かなくてもナナエだってわかるけど」 「ご明察。怒ってやるなよ、お前のためを思ってやったんだからな」 「怒らないわよ。余計なお世話だとは思うけどいい結果をもたらしてくれたし。あんたにも感謝してるわよ。小指の爪くらいだけど」 少なっ。 ミユとあれこれ話しているといつの間にか学校に到着していた。 学校指定のスリッパに履き替え教室へ。教室のドアを開け三歩踏み入れたところで、ななめ後ろから声をかけられた。 「おはよう葉野君」 声は女の声だ。 ミユではないし藤村でもない。コウジでもマサカズでもないとなると残るは幼女なのだが声の出ている位置が高めなのでそれもないようだ。ならば一体誰なのだ。 振り向けばいい話だ。 「ああ、保志野か。そういえば同じクラスだって言ってたっけ」 「忘れないでほしいな」 「もう覚えたから大丈夫」 楽しげに会話する俺たちの様子をきょとんと見つめているミユ。説明してやるか。 「こいつはスターダストと呼ばれる有名なギタリストなんだ」 「へぇ、すごいわね」 「全然違うから。私は保志野千里。葉野君がよく来るファミレスでバイトしてるんだ」 「あ、そういうこと。私は綿部深優。葉野君のことは何一つ知らないわ。一緒にいるのは付きまとわれているから。会話をしているのも脅されて」 「変な説明するな。今の保志野には冗談でもそう聞こえないぞ」 「どういうことよ」 「人の悩みに深く突っ込むんじゃねえやい」 「ならあんたが言わなきゃよかったじゃない」 「あはは。仲良いね。よかったら二人で一緒にファミレス来てね。こっそりサービスしてあげるから」 人差し指を口に当て可愛くウインクをしてきた。サービスという言葉の奥底に沈められている意味を俺は妄想を駆使して極限まで引き上げる。うーん。マンダム。 「変なこと考えてるんじゃないわよ」 カバンで横腹を殴られた。おかしいな、俺ってば感情を隠せるタイプなのに。 「いつかお邪魔させてもらうわ」 ミユが軽く手を振り自分の席へ向かった。 昼。昼と言えば昼飯。昼飯と言えば学食。学食と言えば白米。 つまり白米=昼なわけだが、ここで一つ思い出してほしい。 白米=生米。そして生米は生麦、生卵と置き換えられるので昼=生卵なのだ。 そんなことを考えながらあたりの様子を見渡してみると、あることに気づけるぞ。 そうだ。このクラスは全員腐った卵どもだ。 意味の分からない理論を一度放棄し、改めて周りに目をやる。 おかしい――気がする。どこがどうおかしいのかと聞かれると説明のしようがないのだけれども、おかしいことは間違いない。おかしいと思う理由が三つあるからだ。 理由その一。俺の名前がよく耳に入ってくる。どうも内緒話だとか悪口だとかそう言った類のものではなさそうだが、正直に言うと噂されているのは気分が悪い。 理由その二。クラスメイト達とよく視線が合う。それも話したことのないやつら。 理由その三。同じ中学だったやつが俺を見てにんまりしている。それは不快感しか俺に与えてこない。 この三つがこれまでの人生においてずっと行われていた可能性も捨てきれないが、俺はそこまで鈍くはない。どれくらい鈍くないのかというと誰が誰を好きだとすぐにわかるくらいに鋭い。その俺が言うんだ。これは今朝から始まったことだ。 自意識過剰、被害妄想の可能性は十分にある。しかし数人が俺に話しかけようとしてやめているところを見ると自意識過剰説も被害妄想説も否定される。 じゃあいったいなんなのだ? 何がおかしいのだ? 俺の顔そんなに変? 「ヒカゲ、ご飯食べに行きましょ」 変わらないミユ。ミユを見て安心するなんて俺も落ちたものだ。 「またお前は。コウジを誘えコウジを」 「しばらくコウジ君の顔見れない……。だ、だって昨日あんな大胆なことしたのに……!」 「その勢いでずっと行けばいいじゃねえか」 「無理よ! いいからさっさと行くわよ!」 「はいはい」 仕方なく引きずられ教室を出る。俺はその間できるだけ怖い顔を作ってクラスメイト達を睨み続けた。 放課後になると違和感は明らかなものになっていた。 「あれが噂の……」 「本当かしら……」 「みんな言ってるわよ……」 「じゃあ俺聞いてみようかな……」 「行って来いよ……」 いい加減ストレスで禿てしまう。ここは一発怒鳴り散らしてストレスを発散させておこう。 「すぅ」 大きく息を吸い込み机をたたくために両手を顔の高さにまで持ってくる。そして話しかけられた。 「葉野君?」 「……何」 大きく吸った息をこの一言に込めた。込めざるを得なかった。 「私、佐々木。よろしくね」 「俺葉野。よろしく。で何」 「あのー、聞きにくいんだけど……」 本当に聞きづらそうだ。何のことだ……? ……は?! もしかして俺が隠し続けてきた動物に話しかけるという趣味がばれてしまったのか?! それはまずい、まずすぎる。 「便利屋って、本当?」 俺は顔の高さまで持ってきていた手を耳に当てた。 「……何も聞こえなかったけど、なんて言ったの?」 「千帆中のみんなが葉野君は便利屋だって言ってたから……」 「聞き間違えかな。今なんて?」 「便利屋……」 オウノウ! なぜこいつは知っている! そんな噂が始まったら俺はまたあのきつい日々を送らなければならなくなる。なんとしても噂の進行は抑えなければ、ってあれ? 俺はまわりを見渡した。 興味津々で見ている人間。にやにやしている人間。これはあれか。同じ中学のやつを片っ端から殴っていけば解決していくよな。 「その、お願いがあるんだけど」 「HAHAHA。俺が便利屋? 意味わかんない。それバカにしてるの? 誰が言ってたのか知らないけどそんなこと信じてたら大損するぞ」 「でもみんなが言ってるよ」 「みんなが言ってるから真実とは限らないぞ。みんなが俺のこと女だって言ったら信じるのか?」 「それは信じないけど……。お願い、葉野君しか頼れる人がいないの」 「なんで俺が。知らねえよ、他を当たれ」 「そ、そんな」 俺を恨めしそうに睨んでくる佐々木を無視して部室へ向かった。 「んで、何を悩んでいるんだ」 誰もいなくなった教室で佐々木に聞いてみた。 「今日のいつか分からないけど、私の大切なストラップがちぎれてどこかに落ちちゃったみたいで」 何故俺は戻ってきたのか自分でも分からない。分かるけど分からない。 「なら職員室の前にある落し物入れ見てみればいいだろう。あるかもしれないぞ」 「行ってみたけど、無かった……」 ならどう探せっていうんだ。俺にはそんな能力ないぞ。 「ごめんね、部活まで休んでもらって……」 「本当だよ。全く、どれだけ俺が罵られたかおまえにも聞かせてやりたかったぜ」 部活に参加できないと伝えるとものすごい勢いで俺の心を殺しにかかった日傘同好会の三人。俺だって休みたくて休んでいるわけじゃないんだ。別に行きたくもないけど。 「ところで、俺の噂を誰から聞いたんだ。隠そうと思ってたのに」 「最初は保志野さんが葉野君に助けられたっていう話だったんだけど、そこから中学校の話になって」 くそ、誰だか分からないけど忌々しいやつだな。そいつの舌を引っこ抜いて炭火で焼いてレモンかけて捨ててやる。 「それを聞いて葉野君なら見つけられるんじゃないかなって思って相談してみたの」 「俺普通以下の人間だぞ? ほかの人以上の働きは期待するなよ」 はあ、高校生活に陰りが見えだした。 「どんなストラップ落としたんだ」 「これくらいのまりものストラップ」 親指と人差し指の先を合わせて大きさを示す。 「もう捨てられてるんじゃねえの」 「え……」 「だって、まりもって毛玉と間違われても仕方のない……って嘘嘘! だから泣かないでくれ!」 面倒くさい。鈍器で殴ったらちょうどいい具合にまりもの記憶なくならねえかな。 「とりあえず、今日の行動を振り返ってみよう」 「えっと、普通に学校に来て、普通に授業を受けて、普通にご飯を食べて、普通にここにいる」 「よし、鈍器を貸してくれ」 「え、え?」 こいつは探す気がないとしか思えない。 「もっと細かくしろよ。いつここでこうしたとか、このときにはストラップがあったとか」 「細かくだね、分かった。朝、私は六時十五分に起きてカーテンと窓を開けた。朝の空気が寝起きの頭に気持ちいい。布団がささやいてくる。「あと五分」。冷たい空気で急速に覚醒した脳を振り布団からの誘惑を散らした。学校へ行かないと。クローゼットを開け、」 「何時間かけるつもりだよ。もっと簡潔にしろ」 「……」 不満そうな顔をするな。明らかにお前が間違っているからな。 「えっと、登校中に携帯見たときはストラップあったと思う。二時間目の体育の授業もあった。でもお昼に見たらなくなってた。体育の授業からお昼まで携帯を見るチャンスはなく、ずっとポケットにしまったままだった」 やればできるじゃん。 「んじゃ更衣室だろう。なにかに引っかかってちぎれたんだろうさ。それに気づかず更衣室を出た。解決終了」 「でも更衣室はもうお昼に捜したの。隅々まで探したけどなかった」 「ゴミ箱の中も?」 「空だった」 むむ。これは難しい。もし誰かに拾われたのだとしたら見つけるのは困難だ。不可能に近い。放送機器を使えばできなくもないが使いたくない。 仕方ない。いろいろと可能性を考えてみよう。 「体育中の更衣室ってのはどんな感じだ? 鍵はかかってるか?」 「かかってる。下着とか盗まれたので施錠をしっかり、って張り紙が室内にあったから体育委員の倉田さんが鍵を閉めてた」 「じゃあ、倉田って奴の体育中の行動は」 「もしかして倉田さんを疑っているの? そんなはずはないよ」 「言い切れるのか、って別に疑っているわけじゃあない。可能性を考えてるんだ。いいから教えろよ」 「……えっと、普通に体育をしていたよ。鍵は先生に預けてたから誰も自由に出入りはできなかった」 「体育教師は」 「ずっと監督をしてた。体育館を出て行った様子はないよ」 「体育終わって、更衣室を出るとき鍵は」 「閉まってた。私が昼休みに更衣室を探そうと思ったら施錠されてて、体育教官室に鍵を借りに言ったから間違いないよ」 「……ふーむ」 なくなっていたストラップ。消えるはずはないからどこかにはあるはずなんだ。 ……なくなっていた? 「何か分かった気がする」 「え?」 「ゴミ箱の中は」 「だから、無かったよ」 「違う。ゴミだゴミ。ゴミはあったか?」 「空っぽだったってば」 「そこがおかしいんだ」 「え? なんで?」 「体育をする前、ゴミ箱の中はどうだった」 「……さぁ」 「体育の後は? 誰か何か捨ててなかったか?」 「……さぁ」 まあ、ゴミ箱の中身なんて気にしないわな。 「可能性の問題だ。女子全員が使う更衣室のゴミ箱が、朝から昼までずっと空っぽだったとは考えにくい。もし仮にゴミ箱の中にゴミが入っていたとして、それが昼休みにはなくなっていた。なんでだ?」 「誰かがゴミ箱の中身を出したから」 「当然そうだよな。んじゃ、誰が出した? 親切な生徒? 体育委員?」 「無理だよ。鍵がかかってるから」 「そうだな。じゃあ体育教師か?」 「……それは、わかんないけど。あまり女子更衣室に入っているところを想像したくない」 「俺も。すぐに通報するね。んじゃ、誰だ?」 「誰?」 「ちょっとは考えろよ。ほかに更衣室のカギを持っている人物。いや、更衣室以外にも、学校中を開けられる人物を俺は見たことがある」 「誰?」 「だれだれすぐに聞くんじゃねえ。あーもう。用務員さん。っつーか、掃除のおばちゃん。用務員のおばちゃんが色んなところ掃除してるの見たんだ」 「へぇ……。私たちがするからいいのにね」 「趣味じゃねえの。それか鍵のかかった部屋は用務員さんの掃除場所なのか。多分だけど、マスターキーか何か持ってるんじゃねえかな。そんで更衣室に落ちてたまりも拾って、今もなお校内巡回中」 「なるほど。そんな気がしてきた」 「それじゃあちゃっちゃと用務員さんを探しに行こう。ゴミと思われて捨ててなきゃいいけど」 「うん」 用務員は簡単に見つかり、俺たちは事情を説明。そうしたら用務員のおばちゃんがオレンジ色の布袋を差しだし俺たちに覗けという。困惑しながら中を覗いてみると落とし物と思しき雑品が大量に詰まっていた。どうやらこの後落とし物ボックスにいれる予定だったようだ。その中から無事にまりもを見つけて喜びの小躍りを披露する佐々木。それを見守りお礼もそこそこ部活に顔を出してみた。 「あ、さぼり魔が来たわよ」 「おいおいヒカゲっち。この部を舐めているんじゃあないだろうね。もしそうだとしたら明日から君のあだ名は舐め舐め王子になるんだぜ」 「舐め舐め王子は罰として私たちを楽しませること。それができないなら舐め舐め王子の部屋が部室になるから」 誰かこいつらを殺すか俺を殺してくれ。