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@木曜日  バイト


  さっき目が覚めたと思ったらもう放課後になっていた。嫌になる。 学校が短すぎる。何なら徹夜してやるから授業時間を伸ばしてくれ。 「行くわよ、ヒカゲ」 放課後になり張り切っているミユが席についている俺に声をかけてきた。 「……おう」 バイトの時間までまだある。しゃーない、今日も日傘同好会で暇つぶしだ。 きびきび歩くミユの後ろをついていく。 こいつの歩き方は綺麗だな。背筋が伸び正面を向き。自分に自信があるんだろう。俺みたいに何の自身も持てない人間はポケットに手を入れ背中を丸め床だけを見つめて歩くことしかできないからな。自信を持っている人間がうらやましいぜ。 俺たちがたどり着いたときすでに藤村と幼女の二人が部室内に居た。 俺たちは適当に挨拶を済ませ各々の席へついた。 「なんだかヒカゲっち機嫌悪いね。どしたんだい」 普通に座っていただけなのに藤村のやつが何か言い出しやがった。俺はいつも通りだっての。 「朝からこうなのよ。なんか嫌なことがあったらしくてさ、ヒカゲのくせに憮然としちゃって。ありえないわよね」 「ヒカゲ! 部の空気が悪くなるから息しないで!」 「え?! 部の空気が悪くなるから不機嫌な顔やめろって言うんじゃないの?! 息しちゃダメなの?!」 「ちょっとちょっと。空気が悪くなるって言ってるじゃない。早くエラ呼吸に切り替えなさいよ」 「俺エラ呼吸に切り替えられんの?! どこ! どこにエラがあんの?!」 「足の裏だね。パッと見みえないから間違いないね」 「足の裏にあったら呼吸できねえよ! 四六時中エラふさがってるぞ!」 「よーし、ヒカゲの元気が出たところで日傘同好会を始めます!」 俺今元気づけられちゃったの? 馬鹿にされていたわけじゃないの? でもそれで元気出てる俺って……。 「さて、早速今日の活動内容を確認します。今日は最近できていなかったミユへの恋愛相談を再開したいと思います」 そうだった忘れてた。これがあるから俺は日傘同好会を続けようと思っていたのだった。本来の目的を忘れてここに通うとは俺の深層心理はMなのだろう。無意識がマゾって嫌だな。危害を加えられて知らないうちに喜ぶってことだろ。ヘンタイじゃん。俺ヘンタイじゃないしな。何の話だこれ。 「そういやミユよ、お前はあれからコウジと連絡取ったりしてるのか。まさかとは思うが何もしていないとは言うまいな」 「……どうだっていいでしょ。自分のペースでやっていくわ。横からうだうだ言わないでほしいわね」 「そのペースが遅いどころか立ち止まっているから横から応援してやってんだろ。少しは動き出せよ」 「うるさいわね。いいじゃない休憩くらいしたって。走りっぱなしじゃあ疲れるでしょう」 「だから走ってないんだっての。それどころかまだスタート地点を遠目に見てるだけだろ。眺めてるだけじゃあ競技は始まりませんよ。さ、早くスタートラインに立ってください」 「何言ってるのよ。もうゴール直前でしょう」 「いやリタイヤ直前」 何もせずに終わる未来が簡単に想像できてしまう。よろしくないぜこれは。 それから俺たちは真面目にミユの恋路について話し合った。どうすればミユとコウジをくっつけることができるのか。いや、そもそもどうすればミユをやる気にできるのか。こいつが積極的にならなければどうしようもない。あのニブチンコウジを射止めるには“あからさま”程度ではだめなのだ。直接過ぎるくらいのことをしてもらわねば何も進展しやしない。でもそれを分かっているはずのミユがそれをしないと。意気地も度胸も玉も無い。こんな女々しいミユ見てらんないよ。まるで女じゃないか。 「そういえば」 あーだこーだあーでもないこーでもないと議論している中、唐突に藤村が話を変えた。 「やっぱりヒカゲ君はおかしいなあと思う」 何がだよ、というのを無言で伝える。それに対して藤村も無言で返す。 「いや、続き言えよ」 「しゃべったら負けゲームかと思った。最近はやってるって聞いたからさぁ、ヒカゲっちも全国大会出場狙って練習しているのかと思ったわけさ。まあ私に負けるようじゃあ全国大会どころか地区予選でも勝てないぜ。出直してきな! ルックアウト!」 「外は見ねえよ。ゲットアウトだろ」 「……はっ……。ま、まさかこんな逆転の発想で私に勝つなんて……。これは良い逸材を見つけたねナナエちゃん」 「……どういうこと?」 幼女はまだ藤村が持つ意味の分からない世界に踏み込むことはできないようだ。普通に首をかしげて聞き返している。 「ふっふっふ。つまりね――」 「で、俺がおかしいってのはどういう意味」 この二人では間違いなく収拾がつかなくなると思ったので俺は話を戻した。 「俺何かおかしなことしたっけか」 「うん。おっかしいよ。おかしすぎてちょっとお腹が痛くなるくらいだよ。……あいたたたたた……」 「そんな子芝居いらんからさっさと続きを言いな」 「冷たいねヒカゲっち。あ、ヒカゲだけに冷たいってか。ナイスジョーク」 「お前次にふざけたら殴るからな。幼女を」 「なんでだよ! 私悪いことしてないから殴っちゃいけないんだぞ!」 「部長、少し静かにしてもらっていいですかね。お願いします」 「うわ、なんで私が勝手に騒いでるみたいなこと言われてるんだろう。殴るぞって言われたのになんで黙ってなきゃいけないんだろう。でも本気でお願いされたから黙ってよう」 やっぱり可愛いなこいつ。 俺が幼女を眺め愛でているところに藤村がやっとこさ本題を話し出した。 「昨日の話を覚えているかい。犬村君の願い」 「女の子の友達が作りたかったってやつね。それがどうかしたのかしら」とミユ。 「そうそう。それで、今は何をしてるか分かるかなナナエ君」 「ミユの恋の手伝い」 「正解だ。君はできる子だね。可愛いから家に持って帰っていい?」 「だめ」 可愛く断っている。もうロリコンでいいや。 「それではここで問題です。犬村君に女友達を作らせたいと、ヒカゲっちがあてがった人物がミユ嬢でございました。ではミユ嬢と犬村君が仲良くなった場合、コウジ君はどう思うでしょうか。考えるまでもないね。勘違いするよ。勘違いしなくても犬村君とミユちゃんが仲良くすることは、コウジ君との恋路にデメリットしか生まれないんじゃないかな? ヒカゲ君はミユちゃんの親友、それなら犬村君の願いよりもミユちゃんの恋を優先させて、犬村君の事なんか無視すればよかったんだよ。なのにしなかった。おかしいね」 ……。まあ、そう言われてみればそうだな。言われて初めて気付いた。俺おかしなことしてんな。 「友達、くらいならあんまり関係ないと思ったんじゃない? それくらいなら手伝ってやるか、みたいな軽いノリだったのよ」 「そうだね。ヒカゲ君はどう思う?」 藤村はにこやかに聞いてくる。 確かに友達を作りたいという願いならば軽い気持ちで犬村にミユを紹介したとしてもおかしくはない。しかし本当は違う。あの状況で俺は犬村がミユに気があると気付いた。その上で俺は犬村の為に先に帰ったんだ。意味が分からない。ミユのためを思うなら、犬村なんかをミユに近づけちゃいけなかったんだ。 「まあよくはないよな。ミユの為にはならねえ」 「理由はないのかな」 「……多分無いんだろうな」 「曖昧だね」 自分でもよく分からなないから。 「まあ今後は気を付けるってことで、今回のうっかりは見逃しておくれ」 「だぁああああめぇえええええええええ」 何故か幼女がイラつく表情で答えた。 「なんでお前が答えるんだよ」 「だって私達だってミユの恋を応援してるから。私達共通の任務なんだから私だって怒る権利があるはず。権利が無くても怒るけど。まったく、何考えてるんだろうこのヒカゲは。目的を見失って暴走するなんてとんだ暴走特急だよ。今後は部の活動を妨げるようなアホみたいな行為は控えてよね」 「はいはい分かりました」 分かったならよし、とつぶやき、再びミユの為に話し合う。 その後は具体的な作戦も立てられずミユを応援して終わるという何とも無意味な行為で終わってしまった。 今までしてこなかったがここで俺のバイトについて少し説明しておこう。 もはや俺の生活の一部となっているバイト。 バイトを始めたのは家にいたくないってことと少しでも自立した生活が送りたいからという理由。期間はまだ半年と少しくらいか。おじさんのところで働かせてもらっている。 おじさんの仕事はよく分からないが、とても部屋が汚れてしまうので掃除する人間がほしかったのだと言っていた。 きっかけはおじさんに人生相談をしたとき。俺はおじさんが大好きで、よく色々な相談をおじさんに持ちかけていたのだが、その時に俺が「どこかで仕事がしたい」とつぶやいたことがきっかけだった。それを聞いておじさんは「ならうちで働けば?」と軽く提案してくれた。その時は申し訳なさで断ったのだが、中学生を雇ってくれるところが見つからず最終的におじさんに泣きついてしまったというわけだ。 以前も言ったが俺は間違いなく不要な人材だ。おじさんが何をしているのかよく分かっていないので仕事を手伝うわけにもいかない。そもそも何か資格がいるようなので、俺が手伝いたいと言っても大した仕事はできないようだ。だからただ掃除や雑務をするだけ。楽だ。楽すぎる。申し訳なさすぎる。 給料は安くない。こんなにもらってはいけないというくらいにくれる。断っても押し付けてくる。 今はそれに甘えてしまっている。いつか恩返しをしなくちゃいけないなと常日頃思っているのだ。 「あー、忙しい」 俺が床に箒をかけているとき、おじさんがつぶやいた。 今日もその申し訳ないバイトに精を出す俺。 「全然忙しそうじゃないじゃん」 「あーん? 忙しいっての」 先ほどまでぼーっとしていたので暇なのかと思ったがそうではないらしい。休憩中だったようだ。 「悪いけど今日は十時過ぎるから」 「全然構わないよ。むしろそっちの方がいいし」 「そっか」と小さくつぶやきおじさんが仕事を再開した。 仕事が長引くことは結構なことだが、その分俺のすることが無くなってしまう。部屋が汚れるって言ったって掃除するスピードより汚れていくスピードの方が遅いので一度掃除をしてしまえばすることが無くなってしまう。そういう時は時々仕事を手伝ってくれと言われるが、今日はそれもなさそうだ。暇だ。 俺は椅子を引っ張り出しおじさんの仕事ぶりを眺めることにした。 ……ふむ。俺には向いてない仕事だな……。 ここには就職できそうもない。 「ヒカゲ。暇ならこれ進めといて」 座っている俺を見ておじさんが仕事をくれた。 「何となくでいいから、適当にやっといて」 「適当はまずいでしょ。仕事なんだから」 おじさんからブツを受け取る。 「大丈夫。それ仕事じゃないから」 受け取ったものを見てみると確かにおじさんが今やっていることとは関係がなさそうだった。しかし何となく適当にいじれるような代物でないことは分かった。 「これ、俺が触ったら逆に壊れるよ」 「あー。壊すのは困るな。俺が。壊さないようにそっといじって」 「難しいな。怖いからいじらない」 俺は仕事とは全く関係ないブツをおじさんにそっと返した。 「でも暇だろ。暇ってきついだろうから何か暇つぶしをさせたかったんだけどなぁ」 「大丈夫。何もすることがないときの過ごし方は日ごろから練習してるから。暇には慣れてるよ」 「嫌なもんに慣れてるな……」 仕方がないじゃん。俺かなり時間を持て余してるんだから。 そう言うわけで俺は頭の中で一人しりとりをして時間を潰すことにした。 二分後に飽きた。 「ぐ、ぐ……ぐぅ……うううう……」 じっとしていることに我慢が出来なくなってきた。 「お前暇になれてないじゃん」 「え? いや、これはあれ。頭の中で苦行に勤しんでたんだ。予想以上の苦行でその声が漏れだしただけだから気にしないで」 「気になるわ」 「だろうね」 「別に仕事の邪魔にならなきゃ何やっててもいいけど。毎回本でもなんでも読んでいいって言ってるだろ」 「金もらってるんだからそんなふざけたことでいないでしょ」 「暇に耐える仕事じゃないしなぁ。こんなの時間の無駄だろ」 「まあそうだけど。でもだからと言って仕事してる隣で遊ぶなんて……」 「暇そうにされると俺が申し訳なく感じるんだけど……」 これは困ったな。 俺は改めて部屋を見渡してみる。やっぱり掃除できそうなところはない。 天井から重箱の隅、重箱なんてないけどそういう細かいところまで掃除をしたばかりなのでかなりきれいだ。 さぁ、何をしようか。 とりあえず立ち上がってみることにした。 ……。 座ることにしよう。 「暇だ……!」 「何なら帰ってもいいけど」 「それはできないし望みもしない」 「そっか」 それだけ言っておじさんは俺にかまうことをやめ仕事に集中しだした。 俺はいよいよすることがなくなり、ただ無為な時間をすごしバイトを終えた。 なにか考えなきゃいけないな。 バイトが十時過ぎに終わりファミレスへと向かう。 途中であいつに会ったら嫌だなとか思ったが、途中にもファミレスの入口にもストーカーはおらず、とりあえず安心した。 店の中はいつものように客が多い。勉強なんて一人でしやがれ。 「いらっしゃいませ、あ、葉野君」 「いらっしゃいましたけど、お前昨日言ったこと忘れてる」 「え?」 やっぱり忘れている。 「普通の接客をしてくれって言ったじゃん。あのストーカー野郎にしたみたいに」 「あ、そうだったね。じゃあ、早速」 途端にすげえいい顔。可愛いってば。 「いらっしゃいませ。何名様ですか?」 「い、い、い、いいい、一名……、なんだけどぉ…………。すわ、す、座れる……かな……」 「ぷふぅ」 笑われた。 「なんで笑う。まじめにしろよ」 「それはこっちのセリフだよ。もしかしてそれ松木さんの真似?」 「まあイメージして勝手にキャラつくたけど」 「全然違うよ。松木さんはもっと普通の人。変にキャラ作らなくってもいいよ」 「そう?」 リアリティを求めてたんだけどな。では仕切り直し。 「いらっしゃいませ。何名様ですか」 「一名」 「禁煙席と喫煙席がございますがどちらになさいますか?」 ずっと笑顔でおっぱいを揺らしている。これは惚れる。↑ここに小っちゃい『っ』が入りそうなくらい元気のいい声だ。 「とりあえず二人で人気のないところに行こうか」 「禁煙席ですね。かしこまりましたこちらへどうぞ」 無視され席へ案内される俺。 うん。素晴らしい接客だ。あえて問題点を指摘するならばおっぱいが目に毒だということだろう。ただそれも名札が胸についているので胸をガン見しても怪しまれないという細かい気遣いも効いていて減点対象にはならない。百点だ。 「ご注文がお決まりになりましたらボタンでおよびください。あと胸見すぎです葉野君」 「え?! ばれてた!」 「バレバレです。ではオムライスを持ってきます」 そう言ってにこにこしたまま保志野が引っ込んだ。俺オムライス頼んでないのに。 これをストーカー野郎に対して行った接客か。まあずっと笑顔で爽やかな態度だったけど、別にこれと言って特別なことも無かったな。客からストーカーに変貌してしまった原因はただ想いが積もり積もったってだけなのかな。……わからん! 外を確認しストーカーがいないかのチェック。それらしい人間はいない。 あいつは保志野のスケジュールを知っているはずだから十一時前に行動を開始するはず。今は……十時半か。そろそろ動き出すのかな。待ち伏せか、尾行か……。待ち伏せなら帰る途中にいるだろうし、尾行ならファミレスを出る保志野の姿をどこかで監視しているはず。待ち伏せなら保志野と一緒にいればどこかでバッティングするだろうが、監視の為にどこかに隠れているなら見つけられないな……。姿が見えないってのは怖いな。なんならこの前みたいにファミレスの前で待っといてくれたらいいのに。 ……。 ……あれ。 …………うん?! 「お待たせしました。オムライスでございます」 いきなり声をかけられ驚いた。 オムライスを持ってきたのは私服姿の保志野。制服よりも胸が強調されているぜ。良い服だ。 「まだ十時半だけどもう上がり?」 「うん。危ないから少し早く出た方がいいんじゃないかって」 「え、俺今からオムライス喰うけど」 「そうだね。意味ないね」 ニコニコ笑いながら正面に腰を下ろした。 「えーっと。オムライス喰っちゃダメ?」 「もちろん食べていいよ。私は送ってもらう身なんだからさ。それに早上がりをさせてくれたのは今すぐ出た方がいいっていう意味じゃないと思うよ。葉野君が食べ終わってすぐに出られるようにっていうことじゃないかな」 「なるほど。それでは食べさせていただきます。保志野は何も食べないのか?」 「私はいらないよ。節約節約」 「おごるけど」 「送ってもらう上におごってもらうなんてできないよ。申し訳ない」 「んな遠慮すんなって。おごるの慣れてるし」 「嫌なものに慣れてるね」 このセリフはおじさんにも言われたぞ。まさかこんな言葉を一日に二回も聞くとは。 まあいらないっていうんならいいや。ダイエットかもしれないし。 俺は合掌してオムライスを食べる。気持ちペースはやめに。 「あ、急がなくってもいいよ」 「そうもいかないだろ。時間ずらすのは結構安全だと思う」 「安全って、そんなに今が危険だとは思わないけどな」 こいつは楽観視しすぎだ。前々から思っていたがこの件に関して保志野は全く危険を感じていない。全く、全然、これっぽっちも。危ないっての。 こいつはいろいろ知るべきだ。自分の容姿のレベルの高さや男の危険さやおっぱいの凶悪さを。 「能天気だなお前は。今からどれだけ危なくなるかを教えてやろう」 「え?」 「あまり嬉しくない事実をおっぱいさんに伝えなくてはならない」 「それセクハラだと思う」 「ゴメン。いや、そんなことより嬉しくない事実の方に反応してくれ」 「? 嬉しくない事実って何?」 一旦オムライスを食う手を止め、口を拭く。そして一口水を飲み保志野に言った。 「保志野はよくないことをしたかもしれないんだ」 「……よくないこと、っていうと今日の接客におかしいところがあったの?」 「今日の接客は普通だったよ。めちゃくちゃ好印象の接客だと俺は思う。だからそれじゃなくて、もうちょっと前の事」 保志野がおっぱいを寄せるように腕を組み、顎にグーを当てる。目に毒だ! だが至福! 「何のことだか見当がつかない……」 ああ! おっぱいモードを解いてしまった! もうちょっと長い間考えてくれよ! 「葉野君どうしたの? 息が荒いよ」 「むふー……むふー……。はっ。……ごほん。何でもない」 もう少しで理性が吹き飛ぶところだった。え? もしかして俺ストーカー予備軍なんじゃないか?! そんなことはない! と自分に言い聞かせ保志野に言ってみる。 「今この状況に追いやったのって、俺が保志野の偽彼氏になったからだと思うんだ。そうだろ? それまであの男は店の前で保志野を待っているだけだった。まあ追っかけみたいなもんだ。でも俺が偽彼氏になってから帰り道で待ち伏せを始めた。行動の危険度が増してる。あの行為があいつを本格的なストーカーへと進化させてしまったんじゃないかなと」 俺の話を聞き保志野は愕然。 「え……? もしかして、間違った……?」 「いつかこうなってたかもしれないし、遅かったか早かったかの問題で間違ったとは言い切れないかもしれないけど、これからもっと本格化するんじゃないかって。だから保志野はもっと今の状況を危険に思った方がいい。少しでもおかしいなと思ったら警察を呼ぶくらいの気持ちでいた方がいいと思う。過剰だろうが不足よりはましだ」 「そんな大げさな。松木さんはちょっと積極的すぎるだけだよ」 呆れた。 「おめーは本当に人がいいのかアホなのかどっちかだな。別にそいつの事信じたきゃ信じてもいいけど、気付かないふりをするのはよくないぞ。何か違和感を覚えたとき、たとえば部屋の配置が違ったとき、『あの人が忍び込んだりするわけないよね』とか思って違和感を気のせいと思って無かったことにするなよ。誰がやったか分からなくっても、何が起こったか分からなくっても、そこには何か違和感があるんだからな。本当に起きてる出来事をその変な信用でごまかすんじゃねえぞ。なにかがあった時は何かがあった。そんで、その松木が『するかしないか』は分からないけど今一番疑うべきはそいつだ。忍び込むはずない、忍び込めないと思っても、忍び込む理由があるのはそいつくらいなんだからな」 保志野はやや憮然と俺に返してきた。 「人を疑うのはよくないよ。別に今だって直接的な被害が出てないんだからさ、そこまで疑わなくったっていいんじゃないかな。なんてことのない気のせいを全て松木さんにつなげるっていうのはどうなのかな。あまりいいことじゃないと思うよ」 「お前人が好すぎ。なら聞くけど、ポストに無記名の手紙が入ってたら、松木を疑うだろ。それと同じレベルの話を今してんだ」 「それは……」 「証拠がないから疑えないってんならそう言うことだろう。その手紙には松木がやったっていう証拠がないんだからな」 「でもそれは、実際に手紙があったから疑えるわけで、部屋が少し違うなっていう違和感程度で疑うのとは違うよ。違和感ならまだ何もされてない可能性がある。本当に気のせいかもしれない」 「違和感だけであいつを疑うのに気が引けるってか……。気づいてからじゃ遅いんだぜ」 「それはそうだけど……。何の確証も無しに、言うなれば私の第六感だけでやったかどうかも分からない罪を着せるのはやっぱり嫌だよ」 本当にいい人間だ。いい人間過ぎてムカつくぜ。 「まあ別に疑えって言ってるわけじゃないし。疑うまで行かなくていいから、ただ違和感を覚えたことだけは忘れるなよってこと」 「うん」 「そして、その違和感をすぐ俺に報告すること」 「え?」 「お前の警戒心のなさを俺が警戒しまくってカバーする。お前は疑わなくってもいい。俺が疑う」 「それじゃあ、私が疑っているのとあまり変わらない気が……」 「全然違うって!」 あまり変わらないけど。 「むしろ、お前があいつは何もしないと信じているのなら、逆に俺に逐一報告すべきだ」 ちなみにこれ、言っている意味が分からない。ただ響きが絶妙だから言ってみた。何となく説得されてしまいそうな言葉だったから意味が分からなくてもとりあえず口に出してみた。「なんで?」って聞かれたらどうしようもないけど。 「なんで?」 どうしようもないぜ。 「いやぁ、あれじゃん? あれ」 あれだよな。 「そうだよ。あれだ、これだけ違和感を報告しているけれど、私はまだ無事ですよ? どうですか? って俺に見せるつけるんだよ。そうすりゃ俺の考えも変わるじゃん」 「……」 ダメかな。結構いい言い訳を思いついたと思ったんだけど。 「そうだね」 成功。 「うん。そうする。たとえ私が言いくるめられてようが、葉野君だって私の為を思って言ってくれてるんだもんね。違和感があれば次の日葉野君に教えるね」 「え? いや、その時にメールでもしてくれよ。アドレス教えるからさ」 まさか、俺にアドレスと番号を教えたくないとか……? 俺は恐る恐る携帯を差し出した。 ねえ、赤外線、赤外線しようよ……、赤外線……。 「ごめん。私携帯持ってないんだ」 「え?! 女子高生が携帯を持ってないって!? まじっすか!」 「まじっす」 なんでだ! と思ったがいやいや、そう言えば保志野家には色々事情がありそうなんだった。俺は携帯をポケットにしまい、カバンからペンを取り出した。そして紙ナプキンを一枚抜き取りそこに携帯の番号を書く。 「はい。これ俺の携帯。やべえ、って時はここに電話して」 「うん。分かった。ありがとう」 保志野は大切なものを扱うように丁寧に折り畳みポケットに入れた。そのまま洗濯すんなよ。 とりあえず話も終わったし、さっさとオムライスを食べなければ。 オムライス完食時時間は十時五十分。もう十一時直前だ。 「待たせたな」 「全然かまわないよ。それじゃあお願いするね」 「任せろ」 三割引になったオムライス代を払い俺たちはレストランの外に出た。男はいない。見られているのだろうか。気になりだしたら色んなところが怪しく見えるな。電信柱一本一本が大きな闇に見えて仕方がない。 「ぼーっとしててもしょうがないし行くか」 「うん」 二人並んで歩きだす。 「ほんとうにごめんね。迷惑かけて」 「別に」 謝るなと言っても謝るのでそっけない態度で返すことにした。 どうやらこの反応は正解のようで保志野がそれ以上謝ってくることはなかった。だがその代わりなのかどうかは知らないが話題を変えて話しかけてきた。 「そう言えば、聞きたかったんだけど」 「何でも聞きなさい」 「葉野君、便利屋やってたの?」 「やってないっての。何だよ便利屋って」 「みんな言ってたよ。『葉野君は断り方を知らないから頼めば大抵のことはしてくれる』って」 その結果の便利屋。これは最早いじめではないだろうか。 「便利屋っていったい何をしてきたの? 皆からそこまで言われるって相当だと思うけど」 「俺もそう思う。何してきたかねぇ……。色々してきたな。パン買って来いって言われてパン買ってきたり、宿題代わりにやっておいてくれって言われてやったり」 「……もしかして、いじめられてた?」 「俺の知らないところでならもしかしたらあったかもな」 「ということは、別にいじめられて無理やりやらされていたわけじゃないんだ」 「俺にはそんな認識はないね」 「じゃあ、なんで?」 「聞いたんだろ。断れないんだよ。バカだら」 「でも、今日は断ってたよね」 「まあな。やる必要のない事は断る」 「うーん? 断り方を知らないっていうのは?」 「あー。うーん。何と言えばいいか、『やった方がいいとは思うけど、面倒くさそうだ』って頼みごとを断れないんだよ。周りの奴らにはそれが『面倒ごとも断らずに引き受ける馬鹿な奴』という認識になってしまってんだよ。困ったことに」 「ふーん。佐々木さんのも私のも『やった方がいいと思う』ことだったんだね。よかった」 「佐々木のはそうだけど、お前の場合は『やらなきゃいけない』ことだと思うけど。こんな危ない状況を放っておいたら大変な目にあっちゃうぞ」 「それほど危ないとは思ってないけど」 全くこいつは。いつか痛い目見るぞ。 保志野とくだらない話をして夜道を進む。 何事も無い。 普通だ。普通すぎる。 怪しい人間は誰一人と確認できない。そもそも人がいない。人通りが少なすぎるなこの道は。 「もっと人通りの多い道から帰れないのか? ここ危なすぎるだろ」 「ここが一番人通りの多い道だよ」 ダメだこりゃ。 引き続きくだらないをしたり今後の対策について話し合ったりして歩き、前回と同じところで保志野と別れた。